深夜の国道246号線、800メートル程先に信号が見えた。
斑目 英三は「あの信号まで目を閉じてみようか」と一瞬考えたが
直ぐにその好奇心にも似た感情を打ち消した。
斑目が駆る、そのカワサキ・マッハⅢは横須賀の漁港で働いていた時の先輩である真島から受け継いだ特別な単車だった。
豪快そうに見えて繊細な真島の素性を、当時の斑目は何も知らなかったが
真島のことを斑目は兄貴分のように慕っていた。
真島が夜明け前の国道に薔薇を散らし、逝ってしまってから10年、
斑目は真島のマッハⅢを形見のように乗り続けている。
とは言え、なにせ四半世紀も前のバイクである。故障とトラブルは絶えなかった。
2サイクル・750CCという化け物のようなエンジンをねじ伏せるために足回りやステアリングダンパーの改造などもしなければいけなかったし、その費用を作るために随分と借金もした。
それでも斑目はマッハⅢを宝物のように思っていた。
赤信号で止まった斑目の鼻腔に2サイクルエンジン独特の、オイルの焼ける匂いが感じられた。
「いい感じなんだなこれが・・・。」
三月の下旬とはいえ深夜はまだまだ寒い。
斑目がヘルメットから自分の手に白い息を吐きかけているとミラー越しに
車のハイビームが見えた。
斑目は車の事は何も知らないが、いかにもなエンジン音と車高の低さから、なにをしたがっているのかは直ぐにわかった。
「やれやれ、面倒くせーな。」
車はエンジンを吹かしながら斑目のマッハⅢの横へと並んできた。
車高を落としたスポーツカー。それくらいしか斑目にはわからなかった。
いずれにせよ シグナルレースである。
信号がもう直ぐ青に変わる。
車のほうは既にアクセル全開でクラッチを繋げたくてウズウズしているようだが、斑目はクラッチも切らずにアイドリングを続けている。
信号が変わった刹那、黒い車はうなりを上げて発車していった。
一呼吸おいて斑目はクラッチを切り、ギヤを1速に入れ発車、
2サイクルエンジン独特の「カーン」と雷のようなエンジン音が夜の闇を切り裂く。斑目は前輪が浮いてしまわないように体重をフロントに乗せながら狂ったような加速で車を一瞬で追い越す。
三速にギヤを入れる頃にはもう車はミラーから消えていた。
特に何の感慨もない。
小気味よい速度で国道を流す。
街のネオンが浮かんでは斑目の軌跡に消えてゆく。
「コーヒーでも飲むべえか・・・。」
いつも休憩をする自動販売機が何台も並んでいるパークエリアに向かおうとしたその時、斑目の脳裏にとんでもない衝撃が走った。
「カップ麺に、、お湯注いできたままだった!」
斑目は即座にきびすを返し、自宅に向ってをフルスロットで加速した
さすがにメーカーが自主的に生産を止めたモンスターバイクである
かん高い轟音を吐きながらメーターは一瞬で200kmを越える。
パトカーも2台ほど追い越してしまった。
「ごめんなさいお巡りさん。でも俺も必死なんです。」斑目は心の中で思うが、現在彼の心の98%を埋めているのは
「カップ麺の状態」だけである。
「確かお湯を注いだのが2時間前だから、えっと120分・・・」
「て、ことは今着いても117分オーバーか?」
「まてよ、ノンフライ麺だったら5分かかるから、えっと・・・」
斑目はめっぽう数字に弱いが、
いま世界中でトレンドになっている「MOTTAINAI」精神を大切にしている男でもある。
マッハⅢは今や220㎞をマークしている。
「ちくしょう、赤信号か!」マッハⅢは止まらないバイクなのだ
止まらない・曲がらない、まさに化け物
フルブレーキでなんとか止まった。とはいえ殆ど交差点に進入していた。
「あぶねーよ馬鹿野郎!!」トラックの運転手さんが怒鳴っている
「すいません・・」斑目は肩をすくめる。
信号で止まってからの時間が斑目には永遠に思えた。
「3分越えてるっておい・・・。」
しかし諦めては全て台無しである。
斑目はそのカップ麺を近所のスーパーで98円で購入している。
「98円ってことは消費税入れると、えっとえと・・」
斑目 英三は数字に弱い。
「パァーン」後続車のクラクションで斑目は信号が青に変わった事に気付いた。
再び斑目はアクセル全開にする
「もう直ぐ着く!」住宅街に入っても斑目はアクセルを緩めない
しかしマッハⅢは曲がらない・止まらないのである。
アパートを目前にして、ついに斑目はライデイングを誤った
80㎞で路地に進入し曲がりきれずに電柱に激突したのである。
斑目は漆黒の裏路地を赤い薔薇で染めたのであった
大破したマッハⅢを血みどろで見つめながら斑目は思った
「真島さんが見たのもこんな光景だったのかな・・・。」
多分違う。
斑目は血みどろのまま足を引きずり自分のアパートへと歩く
斑目の部屋は12階だがエレベーターは無い。
階段を上がりきるだけで10分弱はかかっただろうか、
お湯を注いでから約3時間半、ついにカップ麺との再会である。
玄関を開けブーツを脱ぎ部屋へと向う
すでにその片手にはコンビニでもらえる割り箸が握られている
「どんなことがあっても俺はラーメンを食べるんだ・・・。」
強い意志を持って斑目は部屋へと入り明かりをつけた。
「・・・。」
コタツの上に鎮座するカップ麺は巨大なカリフラワーのように成長し
もはやカップからも溢れだしていたのである。
少し触ってみると重い、ぬくもりはどこにもない。
気を失いそうになりながらも斑目は強い意思でそのカップラーメンであろうはずの物体を食べようとした
しかし、「それ」は、何をも受けつけないほどカチカチになっていた。
斑目は天を仰ぎこうつぶやいた。
「こ、これは、無理や・・・。」
斑目 英三はコテコテの関西人である。
おわり
この物語は全てフィクションです。交通ルールは正しく守りましょう。
前置きがかなり長くなりました。
新しく営業担当になりました藤井伸司と申します。
長い文章を書くのは苦手です。
重ねまして、交通ルールは正しく守りましょう。
ポーター(営業):藤井